「男の夢を消したらアカン」 多田喜代一物語 ④

 少々早いのですが、オイラ 3泊4日で東京に出張、リタイヤしているのにナンデヤ・・・ソレハネ MFJ全日本モトクロス選手権シリーズ 第2戦関東大会於オフビで行われる大会を応援に、ここでは往年のTEAM GREENのOB沢山居られるので会うのが楽しみナンや、また一人ずつ思い出を頼んで来よう。
 ここオフヴィではオーナー福本さんとも会いたい(同じ釜の飯を食べた老友往年の名選手福本敏夫’81年国際A級250ccチャンピォン)
 イヤー今回は楽しい出張や、デモオイラが東京に行くと大勢の皆さんにご迷惑をおかけしている、今回も1泊は清水さん宅にお泊りレースには、TEAM GREENのOB 調所伸一 長沼朝之 行方正敏 竹元 久谷林昭祐 藤城光男 城田賢一 大山摩樹夫各氏とどうやら会えるらしい( 榎本正則 外処照見 益留信太郎各氏とは長らくお会いしていない) ナニシロそうそうたるメンバーです。

 またまた長話しスンマセン本題の不死身の真打にバトンを・・・

 前回、第2戦 転倒でリタイヤ 1980年の鈴鹿8耐にモリワキモンスターを駆り 多田選手&富江選手と組んで出場1回目の交代後相棒の富江選手がヘアピンでスリップダウン・・・ここまで

 第3回目 サーイヨイヨですぞ

 そのまま周回をして富江選手がピットイン、燃料給油してチエンジペタル&タイヤを交換イヨイヨ多田喜代一根性入れてコースイン2,3回目も順調に順位も1桁まで上がっていたのだが?富江選手3回目の走行の後半にスプーンコーナー2ッ目の入り口で前車に追突!転倒かなりのダメージで帰ってきました。
 急遽モンスターの応急処置してバトンタッチ多田選手がコースイン抜くは抜くは6番手まで順位を挽回、ソレはソレは取りつかれた様に走り最後のピットイン?順位も上がっていたのに悔やまれます・・・
 時間も無くタイヤ交換はせず、転倒して壊れたカウルにステップ、ハンドル、シートカウルを交換して15分のロスでピットアウト・・・近づいてくるマシンは皆抜いて(カッコいいやん転ぶなよ)抜きまくり・・・ようやくゴールの19時30分チェッカー
 結局、下がった順位を少し取戻し10位でゴールできました。(素晴らしい)
 ゴールした後で森脇社長と南海子夫人が駆け寄ってきて戴き、南海子夫人が暗闇の中「クロスビーと同じタイムで走って居たのよ」と言われ自分でオイラ凄いって思いました。

                     (転ばんかったらもっとすごいやがな~)

     このレースから自分のラスト2時間乗りが始まったのであります。  

 後1戦鈴鹿GP最終戦が出場予定があったのですが、鈴鹿8耐の後スポーツ走行で富江選手が事故で亡くなり最終戦のGPは中止となりました。

 その翌年の1981年の鈴鹿第1戦でモリワキモンスターに乗って予選でヘアピン過ぎの右・右で転倒・・・

 マタヤ!!!モリワキモンスターを何台壊す気や・・・転倒の事は翌々週になります?

             KSSR 神戸スパースポーツレーシング 平井道場

 *どこの場面か写真ですご覧ください。

 
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by KSSR_Hirai | 2017-04-19 10:29 | Comments(0)