「波乱万丈我が人生」1952~1960 第1期近畿メイハツの巻

 何しろ長くこの世で憎まれていると何が何だか訳わからんようなものであるが、つたない頭脳でさかのぼって見たい・・・オモロイ人生である・・・

 近畿メイハツ販売㈱の設立は(昭和27年設立昭和35年カワサキ自動車自動車販売㈱に吸収合併)当然のことながら取り扱う商品は、川崎航空機工業㈱明石工場で生産される小型エンジンを自転車製造会社大日本機械工業㈱(メイハツ工業の前身)がコンプリートして世に送り出した、自転車取り付け用エンジン・・・

 「電光号」
 
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 それはソレは素晴らしいエンジンであった、同じ頃、ホンダは「カブ」その他「トウハツ」「BS」(このエンジンは自転車の前輪を駆動するものだった)その他色々あったが何しろオートバイメーカーが200数社???と乱立されていたらしい。

 しかし我が「電光号」は素晴らしいエンジンだった・・・エピソード
 ①エンジンの馬力がすごく自転車のフロントホークが持たなかった(フロントホークの折損)
   対策・・・オレオ型フロントホークの開発
 ②カワサキのKB-1~3型はオイル漏れが酷く、特に「電光号」はエンジンが後部に取り付けられており火を 噴いて得意げに走って・・・みんなに火を噴いている~と怒鳴られた・・・
   対策・・・常に後部の確認を励行
 ③クラッチが湿式ホウキンリングを広げて駆動する方式で堅くてクラッチワイヤーのダボが外れる
   対策・・・半田付をホウロウ付とした

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 沖縄ひめゆりの塔,当時はまだ外国だった、勿論パスポートが必要・・・この自転車バイクはKB-3型

 当時にもオートバイレースはありましたが、未だサーキットが無く、一般道+山林を走る競技か、安全運転競技会のようなことをやっておりました。
 昭和30年頃と記憶しておりますが六甲縦断トライアルレースが神戸市で企画され、宣伝とマシンテストを兼ねて、カワサキから3人一組のチームがエントリーしました(KRTの前身です)
 私は近畿メイハツから、川崎航空機工業㈱明石工場単車事業本部実験研究部から 井上課長+橘田さんの2名が・・・
 このレースは神戸イーストキャンプ(米軍基地現そごうの東南方面の広場)からスタートー小部峠?までタイムトライアル(決められた時間で走る)そこから六甲山中を逆瀬川宝塚ゴルフ場前までモトクロス(スピードレース)残りスタート地点(イーストキャンプ)までタイムトライアルで競うレース、このレースは残念ながら何秒かのロスで2位になりました。
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 各選手ヘルメットもかぶらず帽子つばを後ろに腹に広いバンドをして走ったのです
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 当時カワサキ500型&カワサキ600型と云って居りましたこのままで走りました

 こんな微笑ましい時代があったのです、当時のスナップを見てください。
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 カワサキ150ccH型オートバイ・・・ホンダドリュームと張り合っていたマシン
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 近畿メイハツの仲間たち
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 但馬地区お祭りの行事オートバイの展示会
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 平井君と愛車ハレー350cc
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 平井君の素晴らしい雄姿、瓦の10枚の試割り
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 豊岡の但馬カワサキ会会長の店輔 その頃は30分で車が動かないくらい積雪があった

 あまり面白いページにはならなかった申し訳ない、早くレースの時代にはいらんかな~そうしたらオモロイ!

  波乱万丈平井の人生、面白くない方が多かったのでは?波乱万丈とは栄枯衰勢良いこともあるんやで~

                        次週・・・乞うご期待
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by KSSR_Hirai | 2016-12-03 06:00 | チームグリーンを愛する馬鹿な男の夢 | Comments(0)