「男の夢を消したらアカン」①

 早いものですねもう7日何かセナイカンと思いつつ何もできない今の自分、これでイイのか自問自答を鑑みるもこれと云った名案も無い「コリャアカンワ進歩無いな~」と云う今年の正月、それでもね今年はオイラの年

         ソウ干支が「酉」鳥は酉でも私は軍鶏何かしでかしたい!

 お約束の1982年頃ワークスのKRTがレースを凍結するとのことを小耳にはさみ(経営が苦しかったみたい)オートバイを商いとしてマシンを製造しているメーカーがレースをしない、レースの持つ意義をお分かりないのか?メーカーの行うレース活動には大きな意味があるのです・・・

      「顧客サービス・技術開発・広告宣伝・販売促進・士気の高揚」

 各メーカーが多大な予算を使ってシノギを削っているのには意義があるのだ、それぐらいは偉い方たちだからお分かりだとは思うが当時単車事業本部の成績はかなりの状況だったらしい、私はカワ販の古谷専務(どうやら当時はKHIに席を置かれておられたらしいが)及び実験研究部故武本 晃 部長(ル・マンでカワサキを3位に導いたレース大好きさん、ライダーたちは皆元気にしているので何か書かせます)に食い下がり全部無くしたら復活するときに大変だし、単車を製造・販売するなら技術開発にも影響があるのでは?日本だけはやろうよと懇願・・・
 皆さんレースは大好き人間ばかり、最低の予算でやろうか・・・「てなもんや三度笠」・・・シメタそれではとマシン関係はKHI実験研究部の野田忠世課長以下多くの方々に応援をしていただき、次にライダーや・・・走るのならヤッパ勝ちに行かなカワサキの名を汚す、しかも、宣伝価値も無ければスポンサーが付かない・・・そこで世界のレースを語らせたら右に出る人が居ないKHIの故岩崎茂樹課長に相談ライダー獲得をお願いしたのである。
 多くの方々の応援を得てカワサキオートバイ販売㈱の率いる「TEAM GREEN」が動き出したのは、2年後の1985年頃テストライダーグループが自己の技量研鑽を目的としたロード主体のTEAM38(現在も稼働している)にも応援を求めTEAM GREENと合併して「TEAM GREEN」ロード部門の強化を図り、着々と体制造りにも拍車がかかり始めた・・・
 当然1985年~TEAM GREENも8耐にエントリー2台のマシンを走らせたのである
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 1985年TEAM38と合併したときのライダープロフィル・・・ロードライダーは多田以外全部TEAM38
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 PITに掲げられた看板
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 PIT風景
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 #39斉藤昇司の激走
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 #39多田喜代一のライデング

 岩崎課長は早かった、平井さん8耐のライダーはミスターカワサキ世界チャンピォンのコーク・バリントンと耐久の常連ロブ・フイルスで行こう、てなアンバイ

 野田課長からは、マシンはZRX-7をとの事、こちらも万全

 着々と準備が出来る中、私はスポンサー探しに東奔西走幸いにも当時東京にあつた広告代理店㈱ターニング・ポイント広報の布施さん(布施 明でゃない)のお力添えで、東京で松岡財閥の経営するGOOD LUCKツアー㈱ からサポートをしても良いとの朗報これで全体の体制が出来たのであります。

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 カワサキの誇る最強のマシン ZRX-7 早かった直ぐにGOOD LUCKカラーに
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 ライダー・スタッフ・メカ TEAM全員の集合写真、1992年のF1チャンピォン昭一さんもメカでどこにいる?

 この体制で1987年のTEAM GREEN の旗揚げは完璧に、確か東京のホテルで参戦発表も行い(この時の写真が一つも無いのです平井君舞い上がっていたのでは?)万全を期して船出をしたのであります。

            あ~楽しかった平井君得意満面の青春時代でした?

           次回からテストホンチャンへと進みます・・・乞うご期待です・・・

                  KSSR神戸スーパースポーツ レーシング 平井道場
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by KSSR_Hirai | 2017-01-06 06:00 | チームグリーンを愛する馬鹿な男の夢 | Comments(0)