「男の夢を消したらアカン」 多田喜代一物語 ①

 胸躍るレースシーズン到来今年はどんなレースになるんカナ~、そんなこんなの時期にKSSRのホームページでは「昔々おじいさんとおばーさんが居りましたとさ・・・てなもんや三度笠」少々遅れているけど「思い出話」

マー良いやろ多田の思い出には価値がアル。何しろカワサキのロードを続けた夢があった「転んでも転んでも前に行く根性」・・・派手にすっ飛ぶその見事さ一瞬たりともカワサキのマシンを・・・イヤ・・・多田の乗ったマシンの動きを見守らないと・・・イツ何処え・・てなもんや・・・本当に不死身な喜代一さんに敬意を表します。

  今も元気にオイラを気づかってくれる多田喜代一ホンマにナイスガイ???

 てな前書きでサーハジマリ始まり「カワサキZ400FX」斉藤光男&多田喜代一組の1979年の思い出
e0361727_17442062.jpg


 1979年鈴鹿8時間耐久レースにZ400FXが走った・・・で書き出している、チームカナヤの斉藤光男とペアで出場が決まる。
 オイラ当時瓦やの職人(イヤお手伝い)その貴重な仕事をショッチュウ休みながらテストに命を懸けておりました。
e0361727_18473354.jpg

 テスト中はトラブルも無く順調に進んでいたのですが(サーやって来ました)練習計画の終盤でやってしまいました

ソレハネ、鈴鹿のS字で転倒・・・フレームが曲がり(少しだけ)急遽神戸に戻り石屋モータースに飾っていた展示車のFX400をバラバラにフレームの交換を行い、とんぼ返りで鈴鹿に戻りテストを続けました。
 しかしながら担当メカはこの仕様でこのタイムではダメだと、テストがオヤスミに時にハングオンの達人徳野政樹選手に依頼しましたがどうも上手くいかず苦慮しておりました。

後で 徳野さんと話をしたのですが、マシンがあの状態で35秒で良く走れたな~と感心しておりました、テストタイヤは・・・レイン用にミシュランのPZⅡ・・・晴れた時にはダンロップで新しく開発中である4時間タイヤをノーチェンジで行けるFーⅢ用タイヤのテストも兼ねて走りました。
 イヨイヨ1979年のレースウイークに入り予選では、我々のライダー斉藤&多田の両選手は交互に走りノービスF-Ⅲ・ノービスレーサー・A級F-Ⅲ総合で、TOPタイムで予選は?余裕のヨ~コちゃん(何番手かな?)楽々通過したのであります。
 予選総合TOPはご存じあのチームモリワキ所属 世界のクロスビー2分16秒・・・イヤー早いのナンのダントツの早さで走りました(あたり前田のクラッカー)
e0361727_20104029.jpg

 待ちに待った鈴鹿8時間耐久の決勝・・・第一ライダーは知る人ぞ知る多田喜代一選手・斉藤光男選手とも同じようなタイムで快調に飛ばし順位は7・8番手(良すぎでない?アーアー恐ろし迷監督)斉藤選手から多田選手にバトンタッチ・・

意気揚々と多田選手ピットを後にFXのカン・ダカイ~エクゾ―ストノイズをメインスタンドで応援してくれている皆さんに残して1コーナーに。。ところが一瞬(サー早々と来ましたか?)ラインを見失いコースを外れて第2コーナーのグリーンに(ナンボカワサキカラーがグリーンやて)最終バリヤにあたる前で転倒(これがあるからおもろいのかな?(此方はカナワン)

マシンは破損は少な目でブレーキペタルがミッションケースに当たり・・・踏めない状態・・・その周ノーブレーキでピットに入り修理ライダーチェンジも行い斉藤選手良く頑張りポジションも挽回最後のライダーチェンジまで快調に走行(アホ転ばずに走ればもっと良かったぞ)そこからオイラ最後のライダーチェンジまで頑張り、最後斉藤選手がこのまま順調に走ってくれたら総合F-Ⅲクラスでは表彰圏内と思われたのだが(ナニナニ何が?)ダンロップの試作タイヤ突然悲鳴を上げバースト・・斉藤選手はそのままピットに・・・いったい何が?メカニックがマシンに群がる!!!斉藤選手リア―を指さすリヤーパンク・・・

メカニックも大変だリアタイヤの交換をしようとしたけどスリックタイヤのスペア―が無く、ホイールに履いているタイヤはレインのみそれ使うと決定、交換後斉藤選手は残り時間を走り切り15位マ~マ~のインパクトのあるレースが出来ました。 チャンチャン

 次回は、チーム・モリワキ時代の我が喜代一青春の1ページのお届けだって・・・乞うご期待です。

           KSSR神戸スーパースポーツレーシング 平井道場

 追伸 本日関東支部の月例会が行われ、そうそうたるメンバー今シーズンの年間イベントの企画を練るらしい、これも乞うご期待である。

  

 
[PR]
by KSSR_Hirai | 2017-03-25 18:00 | チームグリーンを愛する馬鹿な男の夢 | Comments(0)